最近ひんぱんに訪れるメッセージがあります。
それはネットで目にするチャネリングだったり、占いだったり
カードだったりいろんなところからやってくるものなのですが
いつも目に留まる言葉。
「Knowing」=知っていること
知識ではなく、感覚的なもの。
魂やハートの奥深くで感じるもの。
それは外側からの情報では知り得ないけれど確かなもの。
必死になって答えを求めている時には見つけられないもの。
人生の流れの中で、大きく、けれどとてもゆるやかに、
自分の在り方であったり、表現であったり、自分自身の
存在さえも方向を転換しようとしているんだなという感覚
がありました。
それが「何」なのか、何も見えないということは
ある意味、怖いことでもあります。
それゆえ、答えを見つけようとしてすったもんだをしたり、
試してみたり、自分を再統合していく
プロセスがあった訳ですが。。。。
今はまだドアの向こうに何が待っているのか、
どんな流れになるのかはわかりません^^;
けれど、自分がそれをやり遂げることができるかどうか、
自分にその力があるかどうかを見極める必要も
必死になって努力する必要も、信じる必要さえもなく、
ただ、自分にとってそこが本当の居場所であることを
自分が元々もっていたものを表現していくだけなのだと、
思考ではなく、ハートであり魂が「知っている」感覚を
味わいながら安心して今、ここであるべきことに
目を向けていればいいのですね。
北海道も連日の暑さで雨不足。
畑もカラカラに乾燥して、私も少々夏バテ気味だったりしますが。。。
最近は週に3日のカフェの店番をしながら好きな本を読んだり、
瞑想やヨガをしたりしながらゆったりと
「知っている」感覚が与えてくれる安心感を学んでいる
ところです。
ふと周りを見渡せば、お金のことや仕事のことで
葛藤していたり、走り回っていたり、どんどん仕事をして
チャレンジをしている友人たちを見て、多々感じることもあります。
けれども、どんなに遅く見えても、自分には自分の学びのプロセスがあり、
やり方があり、それは自分だけが知っていることで
自分の内なる感覚に聞きながら進んでいくしかないんだなと
思うのです。
誰もがその人その人の独自の学びがあります。
独自の学びのプロセスがあります。
決まりきった規則も規範もありません。
人に取って必要なものが自分に取って
必要だとは限らないんですね。
自分の内なる感覚に聞きながら
自分の感覚を信頼しながら
前に歩いていくしか、答えを見つけていくしかないんですね。
答えはいつもハートの奥深くに隠されているから。